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zoom RSS トリエステ中央駅にて

<<   作成日時 : 2014/01/29 00:58   >>

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”トリエステの名がふたたび、自分にとってあたらしい響きをもってもどってきたのは、私たちが結婚式をウディネという北の町で挙げたときからである”
”トリエステなどのある海沿いの、基本的にはヴェネツィアの文化圏に属する地方に対して、ウディネは、フリウリというオーストリアとも国境を接する内陸地方の都市で、言語的にもまったく系統を異にしている。それでいて、地理的にはトリエステに近いから、私たちが式のあと滞在したフリウリのさびれた田舎町でも、夫の友人たちに誘われて訪れた海辺の町でも、人々がトリエステを口にするのをしばしば耳にした。”
    (須賀敦子『ミラノ 霧の風景』/きらめく海のトリエステ)



“ユーゴスラヴィアの内部に、細い舌のように食い込んだ盲腸のようなイタリア領土の、そのまた先端に位置するトリエステは、先史時代から中部ヨーロッパと地中海沿岸の諸地方を結ぶ交通の要所だった。というのも、紀元前二千年すでに、バルチック海沿岸の琥珀をギリシアやエトルスクの諸都市に運ぶ、《琥珀の道》と呼ばれた商業路のひとつが、トリエステを通過していたといわれる。さらに中世以来、オーストリア領となり、地中海に面した帝国の軍港として栄え、十八世紀から十九・二十世紀にかけては商港として繁栄の頂点をきわめた。”
    (須賀敦子『トリエステの坂道』/トリエステの坂道)




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日本人の感覚からすれば、やたらめったら空間が広く感じられる、
その為余計に閑散として見えたトリエステ中央駅で下車し、
駅前に出て、「スロベニア」「ウディネ」の表示を見た時の感慨ときたら。
トリエステがイタリアの端であると示す、隣国スロベニアの文字。
須賀さんが挙式した街、コルシア書店の指導者ダヴィデ神父の出身地、
ウディネの文字。
足元から、トリエステに着いた、という実感が、湧き上がってくるようだった。
到着した時には既に力を増していた、残暑の陽光の中に踏み出す元気も沸いてくる。




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トリエステ中央駅は、スーパーも併設した、いかにも地方のターミナル駅、という感だった。
そんな駅の中にも、メストレ駅同様、教会がそなわっていた。
ちょうど日曜のこと、摺りガラスの扉が開いて、ミサに並ぶ人々を受け入れていた。

     Sep13     Trieste/ITALIA



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コメント(2件)

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イタリアバロックのオペラの舞台に登場しそうな建物ですね。その一方ではモダンで色彩豊かな町並みはいかにもイタリア人好みに見えます。
かおたいまきしん
2014/01/31 18:13
>かおたいまきしんさん
建物の新旧に関わらず、街として調和がとれているように感じました。
イタリアの街づくりには、きちんと思想があるのでしょうね。
なお
2014/02/03 01:03

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